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あしたの後悔日記

明日読んだら後悔しそうなことを書き残し、まいにち後悔します

はじめの後悔日記

わたしという人間のなんとつまらないこと!

自己紹介で名前のほかに、自分をアピールできることがないんです。思いつかないんです。「○○というサークル(部活)に所属しています」「△△というアーティストが好きです」その程度のことしか言えない。

わたしは、一体何に興味を持って生活しているんだろう?

それを見つけてみたい。そこでブログを書いてみることにしました。

内容はとりとめのない雑記です。目標は「これ」という得意分野を見つけて、このブログの柱にすることです。それまでは延々外周を回り続けます。

日記というのは大体小学生の頃に初めて取り組み、一日の退屈さに悲鳴を上げた記憶しかありません。わたしはこれが何よりも嫌いな宿題でした。書くことがないんですから。

毎日朝起きて学校へ行き、それから習い事に行って、ちょっと寄り道して帰る。そういう毎日。習い事といえばそろばんと水泳が毎日交互に来る。違いはそれぐらい。ほかは全部同じ。そんな毎日を過ごしていることなんて、書けば書くほど小学生ながら「つまんないまいにちだな」なんて思ってしまいます。

連日のように日記が宿題になったとき、一度先生に楯突いたことがありました。

「毎日書くことなんかないよ!毎日どこかに遊びに行かないと日記なんて書けない!」

先生は困った顔をして「ううん、毎日過ごしてるんだから何か書くことはあるはずよ」と答えになってない返事をしました。宿題を出しているくせに、本人は日記を書くことにどんな意味があるのかぜんぜんわかってないんですね。

あれから10年ほど経ってようやく今、私は真面目に日記を書こうとしています。少し意味がわかったんです。

大学に入ると、それまでかかわりのなかった人と触れ合うことが爆発的に増えます。すると自分のことを相手に知ってもらわないといけない。わたし自身がまず「自分のこと」を知っていない限り、自己紹介は成り立たないのです。当たり前ですね。

たとえば就活の際も「自己アピール」が必要になります。

あるいはこういうブログを書いたり、レポートなどに自分の考えをまとめたりするときも「わたしはこういう人です」という、関数のような何かを持って、見せなければいけないわけです。

「わたしが大切にしている価値はコレとコレ!だからこういう関数ができています。したがって、このような問題を関数に投げ込むと、このような結果が得られます。これが私の考えです」と、滔々と説明できる力が欲しい。わたしは自分の関数を見つけたい!

その関数を導き出す手がかりが、日記にあるのではないかと考えたわけです。日記は紛れもなくわたしの「考えた記録」ですから。

日常生活の中で何を考えたか、ニュースを見てどう思ったか。本を読んで何を感じたか。そういった外からの情報がわたしの頭でごちゃごちゃ混ざっているのが今の状態。その中に手を突っ込んで整然と整理し、論理的に考えて記録するのが日記の役目。

そういうことなんじゃないかな、と今は思うわけですね。

とここまで書いて、ひょっとしたら明日には全然違うことを考えているかもしれない。明日になったら「どうして昨日はこんないい加減なことを書いたんだろう」と自分に呆れるかもしれない。そんな後悔ができるのは、きっと頭が柔らかい今ぐらいなので、それを苦痛と思わずに楽しんでいきます。

わたしはいったいどこにいるんだろう。

常にそれを意識して、ブログを書き綴ってまいります。